2008年02月13日

信じる者は…


鐵朗が生まれて初めて縁日に連れて行ってもらった日。

それは普段、放任主義の名の下に捨て置かれた一人ぼっちの日常や、

本来家族の団欒の場であるはずの居間から絶えず途切れることのない罵声及び泣声による、

布団を被り丸くなっていくら耳を塞いでも、

まるで掌につかんだ砂のように強く握り締めれば握り締めるほどに、

指の隙間から鼓膜に零れ落ちた波。

例えるなら、ナホトカの渚のような暗く深い海に、突然黄色い絵の具をぶちまけたような、

強すぎるコントラスト。

眩暈にも似た感覚を覚えながら、人波のなか、強く握り締められた手。

(思えば、こんなに強く、こんなにも長い時間、

僕の手を握り締めてくれたのはたぶんこれが初めてだろう…。)

鐵郎の腕はほとんど乱暴にとでもいってよいくらいグイグイと引っ張られたが、

幼い鐵郎なりに必死で大人達の歩幅に追い縋った。鉄郎はただただ嬉しかった。


「おい!鐵郎。おまえなんか欲しいものないか?」

酔っ払って、極稀に機嫌の良いときだけだけれど、よく口にする言葉である。

もっともそれにしたって、年に数回あるかないかの話で、

更に言えば、これまでに茂三が父から貰ったものといえば、

何処を探しても、青あざ以外には何一つ見当たらなかった。


それでも鐵朗は父の気が変わらぬ内にと、

人ごみの隙間から、光り輝く露店から露店へとその臆病な目を走らせる。

父は今にも気が変わりそうだ。

鐵朗は急いだ。

まもなく一軒の露天商が目に留まる。


【ヤンバルクイナの卵、一個500円】


前から鐵朗は鳥を飼いたいと思っていた。

鳥にあこがれた。鳥のように自由に空を飛べたらどんなに楽しいだろうと考えていた。

しかし、鳥なんて飼ったらピーチクパーチク煩くて寝られやしないと、

ピーチクパーチク叱られたため諦めていたのである。

(ヤンバルクイナがどんな鳥かは知らないし、

それにたぶんダメと言われるに決まってるだろうけれど、

でもひょっとしたら卵なら父さんも買ってくれるかもしれない。)

鐵朗は思い切ってその卵を指差して言った。

「ねえ、父さん。僕、あれが欲しい。」

卵を見た父は鐵朗の予想に反して大笑いして言った。

「なんだお前?あんなものが欲しいのか?」

言ったあともひとりクスクスと笑っている。

鐵朗はなんだか気味が悪かったものの、

これはチャンスかもしれないと内心思って、重ねてお願いした。

父は少し思案していたようだが、どうせ孵せっこないとでも思ったのか、

以外にも文句を言うわけでもなく、望みの品を買ってくれた。

その日から、鐵朗のヤンバルクイナ卵孵化大作戦が始まったのである。

親鳥となった鐵朗。学校の先生にさりげなく孵化の仕方を尋ねたり、

さりげなく尋ねたはずなのに、

なぜか鳥の飼育の本やら孵し方や注意事項を書いたメモまでもらったりで、

父親の思惑は見事に外れ、鐵朗本人が一番驚いたことであったが、

ある日、学校から帰宅すると卵に小さな穴が開いていて、

今まさに、嘴で殻を割って出てこようとしている瞬間に立ち会ったのである。

殻を破って出てきた真っ黒な雛鳥の濡れた瞳を見た瞬間、鐵朗の瞳にも涙が溢れた。



ヤンバルクイナの飼育法こそ、わからなかったものの、

図書館で借りた本や、先生の助言、ペットショップに通った甲斐もあって、

雛鳥はすくすくと成長していった。

親鳥となった鐵朗の階下では相変わらず言い争いは続いていたが、

今はもう、以前より家に帰るのが苦痛ではなくなっていた。

ただ産毛が抜けて本来の羽の色が揃い始めるころなのに、

羽の色は未だ艶やかな黒色のままで、

図鑑に載っているヤンバルクイナとはちょっと違うような気もするのが気になったけれど、

たぶん成長するにしたがって、だんだんとシマシマ模様になるんだろう。

そう信じていた。




雛鳥は、その間もすくすく成長し、

やがて図鑑に載っていた鳥の2倍以上の大きさにまで成長したにもかかわらず、

羽は漆黒のままだった。





やがて鐵朗のヤンバルクイナが鳴いた。





カァー!カァー!カァー!  

Posted by 松本零時  at 21:32Comments(2)TrackBack(0)

2008年02月05日

眠れぬ夜の処方箋


王様は悩んでいました。

王様といっても世界地図にも載っていないような小さな国の、

およそ王様らしいところのない至って平凡な人物でしたが、

平凡なりに、いえ、平凡だからこそ王様には悩みがあったのです。

 

王様には娘がいました。

人を笑わせるのが好きな子で、しょっちゅう王様を笑わせていました。

姫様のおかげで国は年中笑い声の絶えることがなかったけれど、

でもほんとのことを言えば、姫様は笑っていたかっただけ。

「笑っているうちに、どうして笑っていたいと思ってたかなんてきっと忘れてしまうわ。」

それは素敵な考えで、実際大笑いしたあとの爽快感は2時間は持続したのだけれど、

夜ベットに横になり、ひとりぼっちになるころにはその爽快感もほとんど無くなってしまいました。

なんとか眠りに就こうと楽しいことを考えるのですが、あまり上手くはいきませんでした。

 

「どうにかして、ぐっすり眠れるようにはできないものか?」

王様は東にとても良く眠れる枕があると聞けばとんで行き、

西に暖かい毛布があると聞けば工場ごと買取ました。

ですが、残念なことに姫様の様子は一向に良くなる気配を見せません。

 

そんなある日、様子を見かねていた大臣が王様に進言しました。

「王様、姫様がよく眠れるよう、なにか楽しいお話をなさってはいかがでしょう?おそらく枕や毛布はよりずっと効果があると思うのですが…。」

王様はうなずきましたが、その顔はあまり優れませんでした。

「大臣、そのことならわしも考えた。だが知ってのとおりわしは退屈な男じゃ、いろいろ考えてみたが、わしには姫を喜ばせるような楽しい話は思い浮かばんのじゃよ…。」

そういって、ふぅーと溜息を漏らしました。

「それならば、ここはひとつ私にお任せ戴けないでしょうか?こう見えてわたくし、小学生の頃は創作文コンクールで金賞を頂いた事もあるんですよ。お許し下されば、なにか王様の代わりに楽しい話をしてみましょう。」

王様は喜びました。

「おお!それはよい!そちにそのような才能があったとは!さっそく今夜から相手をしてやって貰えぬか?いや、安心しろ残業代はキチンと支払う故。」

「ありがとうございます。」

 

そうしてその夜から毎晩、大臣はお姫様に物語を作っては聞かせました。

するとあれほど寝付けなかった姫様が、驚くほど良くお休みになられるようになりました。

王様は大変喜んで、姫君に尋ねました。

「良かったなあ、姫♪ どうじゃ?大臣の話はそんなにおもしろいか?」

すると姫は答えました。



「ちっとも良くないわ!大臣のお話って、もう退屈で退屈で!私、あくびがでちゃう。」  

Posted by 松本零時  at 02:33Comments(2)TrackBack(0)